最高裁判所第一小法廷 昭和38年(オ)1389号 判決 1965年1月14日
松江市北田町一〇四番地
上告人
大野賢一
右訴訟代理人弁護士
篠田嘉一郎
松江市内中原町
被上告人
松江税務署長
広戸常義
右当事者間の所得税更正決定取消請求事件について、広島高等裁判所松江支部が昭和三八年九月二七日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人篠田嘉一郎の上告理由第一点について。
論旨は、上告人は本訴において所得税額の変更をも請求したのに、原判決がこの点につき判断を示さなかつたのは違法である、という。
しかし、原審が、本件更正処分のうち「所得税金額二一六、七九九円、所得税額四三、四三九円を超える部分」の各取消を求める旨の上告人の請求に対し、その主文において、本件更正処分のうち所得金額八八九、五八七円を超える部分を取り消すとともに、その理由中の判断で、右のごとく所得金額を変更することによつて「税額も当然変更されるのであつて、本訴において所得控除等つき何らの主張もなく、争いになつていないから、その税額は算出しない。」と判示していることは、判文上明らかである。そして、このことは、上告人の右所得税額変更の請求を排斥しているものといわなければならない。
されば、原判決には所論の違法はなく、論旨は、原判決を正解しないことに出たものであつて、採用できない。
同第二点および第三点について。
論旨は、要するに、被上告人税務署長が上告人の不動産の仲介収入金額を認定するにあたり、その収入を得るために支出した代書料を予め控除せず、これを必要経費に計上したことを相当と認めた原審が違法である、という。
しかし、論旨は、判決の結果に影響を及ぼすべき法令の違背を主張するものではないから、上告適法の理由とは認められない。
同第四点について。
論旨は、上告人が諏訪部重光および西ヨシノから二筆合計二二五坪二合の土地を坪当り一、〇〇〇円で一括購入し、うち一八〇坪九合を他に坪当り約一、二九〇円で売却し、残り四四坪三合を自家用宅地として留保していることに対し、原審が右の売買差益率を算定するにあたり、自家用宅地の価格を買入単価ではなくして売却単価によつたことが、経験則違反である、という。
しかし、原審の右認定は、その挙示の証拠に照らせば、首肯することができ、その判断の過程に所論の違法はなく、論旨は、所詮、原審の専権に属する証拠の取捨選択、事実の認定を非難するに過ぎないものであつて、採用できない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠)
○昭和三八年(オ)第一三八七号
上告人 大野賢一
被上告人 松江税務署長
上告代理人篠田嘉一郎の上告理由
第一点 原判決は上告人の申立ての一部分のみの判決をなし、その全部に及ばず更正決定に代るべき判決としては適当でない。
即ち本件請求の趣旨は被上告人が昭和二七年三月三一日通知によりたる上告人の昭和二六年度分の事業所得(その後昭和三〇年六月一四日広島国税局長の通知により総所得額九一三、六〇〇円、課税総所得金額八四一、六〇〇円、算出税額三四〇、九六八円)金に対し全面的に控訴したるに拘らず、これに対し原判決は「所得金額八八九、五八七円を超える部分は之を取消す、その余の請求を棄却する」と言渡したり。
この判決は税務署の更正決定に代るべきものなるが故に更正決定に代るだけの内容を備へざるべからず、上告人の控訴申立には税金額迄を含めて居るに拘らず、これを看過し「その余の請求はこれを棄却す」と言えば税金額の算定の請求は棄却せられたることになるが此の点は如何に解すべきか。(後日計算をすればよいと言うかも知れぬが、後日の計算に間違いがあれば再び争訟が起る争いを根絶することが法の真髄なり)(民事訴訟法第三九五条第六号)
第二点 原判決の理由で不動産の仲介による所得中5の後藤正靖対国警本部の取引(原判決第五丁の裏第一行第二行の第一審判決第十五丁裏三行目より十三行目まで)について六七五円代書料は此取引において特に生じたる必要経費なる故これを控除して上告人の仲介手数料を決すべきは当然なり、この代書料は被上告人においても第一審以来争わざるところなり(昭和三十三年一月二十四日附被告の準備書面第十三枚目(ル)の部分、第十六枚代書費の部、昭和三十一年九月七日被告の準備書面代書費の部参照)斯く当事者間に争いなき経費を争いなき取引により生じたる仲介料より控除し、その残余を上告人の受くべき収入として計算すべきことは諭をまたざるところなり、被上告人が計算上便利なりとして一般の必要経費に併せて計上したりとて裁判所がこれに同調することは許されず、此点に対する第一審の判決理由は「原告が事業の必要経費の中に特に代書料なる科目を設けていること、他の仲介収入において必要経費を計上して居ないこと等を勘案すると、代書料は一般の必要経費の中に計上するが相当である」と説明し、原判決は此説明を引用して自家の理由となしたりこの説明は殆んど意味をなさざるものなり、即ち事業家たる上告人が一般に必要な経費を記載するに代書料の目を設くることは勝手なり、他の仲介事件に代書料のなきは記載すべき代書料がなかりしためなり、上告人の一般代書料の中に他の仲介事件の代書料等は少しも計上してはない。これ等の点を勘案して何が故に本件の代書料を計上するが適当なるか。(民事訴訟法第三九五条第六号)
第三点 右第二点と関連して必要経費(九)代書料の部に右第二点に掲記したる後藤正靖対国警本部間の取引に要したる代書料六七五円を一般に要したる費用として計上したるは右第二点にて説明したる通り違法なり。
(第一審判決第二十五丁表三行目より七行目まで、原判決第五丁目裏一行二行)(民事訴訟法第三九五条第六号)
第四点 原判決の理由(二)の宅地四四坪三合を自家用として使用したる時期はこれを買取りたる時期と同一であるから、その時の価格は坪千円である。それはこれをその当時売却すれば損失をせねば売れなかったから自家用として今日迄保有する実情である。売買益なきものである、それを自家の想像を以って使用の始期を定め島根県共同募金委員会に売却したる土地と同一の評価格を定めて上告人の利益額を認定したるは失当なり。
この土地を自家用として使用したるは買入れの当時よりである。故に若し被上告人の言うが如く使用の当初の価格を標準とするなれば買入価格坪当り千円に依りて算出するのが正しい、土地を分割して高く売つたから残りの土地は値打が下がり売れば損をするから、今にこれを保存するものなり、若し売ればその価値は買値より約半額位のものとなり、即ち売買損金となる、これを高く売買したる土地の標準を以つて、その価値を算定するは全く社会の実情に副わざる判定なり。
かくの如き実情にあるから今暫らくその処分を見合せおるものにして、この土地を費消したるにあらず又贈与したるにもあらず、即ち買受けたる侭にて現実処分しおらざるが故に利益の生ずべき理由がない。(民事訴訟法第三九五条第六号) 以上